日々の出来事を中心に、色々なことを書いていくつもりです。
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2011年04月24日 (日) | 編集 |


人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、
生きているということを実感することもできない。
ハイデガー


※Caution
この記事は23日の夜に行われたアルアリードのオンライセッションに参加した人向けです
一応の説明は入れますが、参加してない人やよくわからない人が見ても混乱する恐れがあります。

閲覧は自己責任でお願いします。
仮に読んで、もしも気分を害した、反論したいといっても私は一切、受け付けません。
あと長くなること必至なので、その辺りも御了承ください。
覚悟と共に読んでください。

なお、コメント等は意図的に受け付けないように設定してます。

(※機会を見て、この記事は削除するかもしれません)







まず、私がこのことを書くに至った経緯について簡単に説明を。

今回のセッション中、PCの一人(以降A)が戦闘において死亡しました。
またイベント戦においてNPCの一人も同じく死亡しました。
後者について、PCの一人(以降B)が自分の命を犠牲にしてでも、このNPCを
助けてほしい、という提案をGMに持ちかけます。

結果的に言ってしまえば、Aは運よく復活することができました。
Bについては、GMが提案を却下し、死亡したNPCについては今後、助かる可能性が
あるかもしれないと説明した上でストーリーを進め、
つまり今回、『PCの死亡』という事態は起きなかったわけです。


が、今回はあくまでもAは運がよく、Bも提案を却下されたから死ぬことはありませんでしたが
その結果が出る前に一部のPC(およびそのPL)には

1.AとB二人を犠牲にしてトゥルーエンドに進むか
2.AとB二人を救済するため、別ルートのハッピーエンドに向かうか

という選択を求められました。


ここで私は1の選択肢を選びました。
その理由をセッション中には「あとで時間があったら話します」ということにしておいたのですが
時間的な余裕が最終的になくなり、ここで語らせていただくことになった次第です。


理由一つ目
AとBはそれぞれに覚悟があったはずだろう、と考えました

Aが死亡した戦闘は敵NPCとの一騎打ち…相手もそれなりに強敵ではありましたが
GMもそこら辺は配慮して能力的には互角ともいえる状態。
また、「そうなる危険はある」とわかっててPCは行動した、と考えました。

Bについても自己犠牲の提案をした後、自分の覚悟はしっかりと口にしました。
提案自体は採用されるか否かはGMの判断となりますので、特に言いませんが、
提案するという行為……それも自己犠牲ならば本人に相応の覚悟は必要です。

Aについては戦闘のダイス目による結果、Bは自分ですでに覚悟を示していました。
それを踏まえた上で、1を選択する方向をまず考えました。



理由二つ目
完璧な自論ですが、こういった『蘇生系の救済措置』をあまりに頻繁に使ってしまうと
私がもしGMをしていた場合、「PC(およびPL)が今後もそれに期待してしまうのでは」と
考えてしまうのです。

勿論、私だって可能な限り参加したPC全員と共に生還したい、という気持ちはあります。
ですが、そこはTRPG。セッション中になにが起こるのかはわかりません。
もしかしたらGMがまったく予定してない事態が発生する可能性だってあります。
ある程度のことなら方向修正は可能ですが、その中でもキャラクターの死亡、というのは
非常に扱いの難しい内容だと思います。

けど、「予定してない事態でPCが死亡した、じゃあ仕方ないから救済してあげよう」
としたら、私が一緒にやるメンバーではないと思っていますが、
もしも「あのGMはどんなに無茶してもどうせ救済措置をくれる」と考える人がいたとしたら
かなり無茶なことをしでかすんじゃないかなーと思うわけです。


なので私がGMの場合、救済措置などは完全にこちら側のミスやバランスの設定ミス、
またNPCの救済に関してはそれなりの代償と条件をつけてます。
(※ストーリー上、助かることにした人は除く)



理由三つ目
あまりに人が生き返りすぎると、生と死の価値観を考えます。
ゲームでなに言ってんだ、とか思うかもしれませんが、ゲームだからこそ
私はその辺りを擬似的に考えます。現実で生と死の価値観について、
そう簡単に考えられるものではありませんので。

たとえば普段、NPCや敵対NPCなどは倒した後、死亡するのはよくあるパターンです。
中には復活する物もいますが、そのまま死亡するほうが多いでしょう。
つまり、ある意味でPCも敵NPCも「戦いにおいて死ぬかもしれない」という
平等の条件を以て戦っています。
客観的に考えてみると、どれも差のない『一つの命』です。
その中でPC優遇が起こりすぎると、うーんと悩むこともあります。

この辺りについて話すためにも、今回の記事の最初にハイデガーの言葉を置いたのです。


また、『死』というのはある意味で一つの終着点です。
その人の『人生と言う名の物語の終わり』、そう考えることもあります。
そして何よりも、私は長く生きるのもいいけど、長く生きてもつまならい人生よりも
短くても、よかったと言える人生もいいんじゃないかという考えも持ってます。



あとPBWという世界にいると、キャラクターは死ぬ時はもちろん死にます。
それまでに死亡一歩手前で助かるシステムもありますが、それなりの代償を背負います。
何よりも、PBWでは死亡した場合、『復活』というのは一切ありません。
死亡したらそこまで、そのキャラとしては終わってしまうわけです。

できるなら生きてほしい、というのが私の想いとしてもあります。
が、行動の結果としてそこに死亡という事態が起こり、手の施しようがないのなら
生きてる人が無理やりに死者を生き返らせよう、というのも
なんだか…『死に対する冒涜』なんじゃないかなーとも思ったりします。



他にも細かい理由はあるのですが、大きな理由としてはこれくらいで。
以上のことを考えた上で、私は死亡した(もしくは、する可能性がある)人物を
救済せずに話を進めるという選択肢を選ばせていただきました。


この意見が正しいとか、間違ってるとか言うつもりはありません。
きっとすでにここまで読んで反論したい気持ちでいっぱいの人もいるでしょうし
もしかしたら、そういう考えもあるよなって思う人もいるかもしれません。
要は、それぞれの考えが大事だとも思ってます。

そして、これが私の『人が死ぬ』ということについての考えでもあります。
今後、変わる可能性だって大いにあるわけです。


以上、見づらい文章でした。
ここまでお付き合いいただいた方はありがとうございます。
こんな小難しいことを言うのはこの場なので、これ以降のセッションなどでは普段通りに
あまり深く考えすぎても、結局はこれは『明確な答えのない問題』だと思うので。
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